MadeyとColsonの博士論文

今から20年ほど前、Stanford 大学物理学科の図書室で、Madey の博士論文を閲覧する機会があった。当然、FELをテーマにした論文だろうと思っていたが、手に取ってみて驚いた。論文は3部構成になっていた。

I. EMISSION OF SLOW POSITRONS FROM DIELECTRIC ABSORBERS.
II. STATISTICAL VARIATIONS IN THE ELECTROSTATIC POTENTIAL MEASURED OUTSIDE OF A REAL CONDUCTING SURFACE.
III. STIMULATED EMISSION OF MAGNETIC BREMSSTRAHLUNG.

MADEY, JOHN MICHAEL JULIUS, Stanford University, 1971, 206 pages.

1971年の出版なので、FELの提案論文と同時期の学位取得であったことがうかがえる。FEL以外のテーマについて調べると、Part I の slow positron の研究については、Physical Review Letters に

Evidence for the Emission of Slow Positrons from Polyethylene
John M. J. Madey

Phys. Rev. Lett. 22, 784 – Published 14 April 1969

として出版されている。単著の実験の論文であり、また、NASAのグラントの謝辞がついていることから、予算獲得、実験装置の組み立てを含めて独力で行った研究と思われる。

物質と物質の間には引力(重力)が働く。では、物質と反物質の間にも同じように引力が働くのか、それとも斥力が働くのか?これは、物理学の基本的な疑問のひとつである。Madey の博士課程の指導教官 William Fairbank は、この疑問に答えるための実験「電子と陽電子の自由落下実験」を提唱していた。ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔から大小ふたつの球を落として、これが同時に落下するのを証明したように、電子と陽電子を落としてみようという実験である。しかし、この実験には二つの大きな困難がある。一つは、charge mass ratio が大きな電子(陽電子)には、重力よりはるかに大きな電磁気力が働く、この電磁気力の効果を、どうやって打ち消すのか。もうひとつが、均一かつ小さな初速度を持った陽電子を、どうやって作るのかである。Madey の博士論文、Part I は、この自由落下実験のための、低速陽電子の発生方法に関するものである。

ちなみに、反物質の重力問題に明確に答える実験は、現在にいたるまで、誰も成功していない。最近、CERNで反水素原子を使った実験が始まっている。もしかすると、長年続いた謎が解明される日が近いかもしれない。

Madey の博士論文、Part II については、journal paper は見つからなかったが、研究は継続していたようで、1978年に

Shielding by an electron surface layer
Richard Squier Hanni and John M. J. Madey
Phys. Rev. B 17, 1976 – Published 15 February 1978

として関連の論文が出ている。これも自由落下実験に関連する研究だ。

3つのテーマで博士論文をまとめたことに加えて、実験から理論まで幅広く網羅している点で、Madey の非凡な才能を示していると言えよう。

同じ図書館で Colson の博士論文も見ることができた。

FREE ELECTRON LASER THEORY
by Colson, William Boniface, Stanford University, 1977, 144 pages.

この論文は、多くの人が借り出して読んだため汚損したか紛失したのだろう。原本ではなく、マイクロフィルムからの複製本に差し換えられていた。FEL研究者にとって実用上の価値が高いのは、Colson の論文ということだろうか。

Madey と Colson、FEL Prize の第1回、第2回の受賞者である。

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