FEL、特許裁判、南極…

1971年のFEL論文に関する話題は、前回の記事で一段落したが、Madey について少しばかり余談を続けたい。

加速器の世界では、Madeyといえば、FEL、そして RF電子銃の発明者であるが、法律家の世界では特許の歴史を変えた判例で、その名を知られている。

Duke 大学を半ば追われる形で退職し、Hawaii 大学に移った後、Madey は Duke 大学に対して、自身のFELとRF電子銃に関する特許を使わないよう訴えを起こした。それまでの特許法の解釈では、大学は非営利活動としての学術研究においては、特許法の例外として、他人の特許を許諾なしに使ってよいとされていた。Madey の裁判で合衆国連邦巡回区控訴裁判所(日本の知的財産高等裁判所に相当する)は、大学の学術研究は、優秀な学生を呼び込む、研究資金を集めるといった大学の運営と直結しており、特許法の「非営利活動」に無条件で当てはめるのは不適当とし、Madey の訴えを認める判決を下した(2002年10月)。これにより、大学の研究活動における特許の扱いが根幹から変えられることとなった。米国の法学部の授業や演習で取り上げられる有名な判例である。

もうひとつ、Madey がその名を残しているのが、南極にある Madey Ridge (Madey 尾根) だ。

1957年から1958年まで、国際地球観測年として、世界の主要国が南極探検を行った。日本が南極観測船「宗谷」を送り、昭和基地を建設した歴史は、映画「南極物語」に描かれている。米国は、国際地球観測年に合わせて海軍を南極に送り、マクマード(McMurdo)基地の建設を行った。

この当時、13歳のJohn Madey 少年は、3つ年上の兄 Jules とともに、アマチュア無線に夢中になっていた。兄弟は自宅の裏庭に建てた高さ110フィートの鉄塔アンテナを使って世界中の無線家と交信を楽むうちに、南極隊員との交信に成功する。自慢の鉄塔アンテナの威力もあり、南極との交信感度は、米国本土の無線家の中でも群を抜いていた。Madey 兄弟の無線機は、電話機を接続することが可能であったことから、南極隊員の求めに応じて、コレクトコールで隊員の家族宅に電話をつないで、隊員と家族の会話を中継した。会話の区切りの”over”の合図のたびに無線機の送信と受信を切り替える必要があるので、Madey 兄弟は毎晩遅くまで無線機の前に張り付いて操作を続けた。アマチュア無線は南極隊員と家族をつなぐ唯一の交信手段であったので、数百人の南極隊員に、Madey 兄弟を知らぬ者はおらず、この協力に感謝して基地近くの尾根に Madey Ridge の名を付けた。

南極についての上記の逸話は、米国南極観測プログラムのホームページで紹介されている。
Young ham radio operators kept IGY crew in touch with friends, family

南極の話で終わってしまうと、「電子ビームと光の物理」にならないので、最後に Madey の言葉で締めくくりたい。

 “accelerator (and FEL) physics are not isolated disciplines dedicated only to the construction of ever larger and more expensive facilities, but are an intrinsic part of the academic enterprise dedicated to the understanding of the most fundamental principles and phenomenon of electrodynamics. But since we are many times seen by our peers as the designers and enablers of the increasingly complex facilities they need for their research, we are, I fear, at risk of being thought of by our peers more as engineers and technicians than scientists. It therefore appears that, from time to time, we need to gently remind our colleagues that while we are happy to collaborate with them in the development of the facilities they need for their research, we have our own equally fundamental scientific and academic aspirations.”

これは、Engines of Discovery: A Century of Particle Acceleratorsという書籍中のMadey の人物紹介コラムからの引用である。Andrew Sessler とEdmund Wilson によるこの書籍、「物理帝国主義」のさらに上を行く「加速器帝国主義」のような題名であるが、貴重な写真と多くの人物紹介が楽しめる。

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