John M.J. Madey によるFELの最初の論文(1971)-6

Madeyの定理を説明するために必要なアインシュタインの誘導放出の理論について簡単に復習しておく。

Einstein coefficients

アインシュタインは、黒体輻射のスペクトルを表すPlanckの法則を理論的に説明するために、誘導放出の存在を予言し、さらに、誘導放出、吸収、自然放出の確率は、相互に関係式で結ばれることを示した。

下図は、2準位系(E_2-E_1=\hbar\omega)における自然放出、吸収、誘導放出を示したものである。

Einstein-AB下準位(E=E_1)、上準位(E=E_2)ともに縮退はないとすると、上準位から下準位への遷移確率は、自然放出と誘導放出の和として

    \[ p_{21}=A_{21}+B_{21}\rho \]

と表される。ここで、\rhoは、周波数\omegaの入射光子の強度である。下準位から上準位への遷移確率(吸収)は、

    \[ p_{12}=B_{12}\rho \]

となる。遷移確率を表す係数は、それぞれアインシュタインのA係数、B係数と呼ばれる。

アインシュタインは、Planckの法則から熱平衡を仮定して、3つの係数に以下の関係があることを導いた。

    \[A_{21}=\frac{8\pi h \nu^3}{c^3} B_{21} = \frac{2 \hbar\omega^3}{\pi  c^3} B_{21}\]

    \[B_{12}=B_{21}\]

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John M.J. Madey によるFELの最初の論文(1971)-5

Madey が1971年にJ. Appl. Phys. に発表した論文について、さらに続ける。

Fermi’s Golden Rule

フェルミの黄金律とは、二つの状態間(ある固有状態から別の固有状態へ)の遷移が外部からの刺激(光など)で起こるとき、量子力学を用いてその遷移確率を求める手法である。

Madeyの論文では、(9)式は次の通りである

     \begin{eqnarray*} \Gamma_{Compton} &=&\mbox{transition rate from a definite initial state} \\ &\mbox{}& \mbox{into solid angle } d \Omega \\ &=&(d\sigma/d\Omega) \mbox{photon flux}\cdot d\Omega \\ &=&(2 \pi/\hbar) \left | \braket{f|H'|i} \right |^2 \rho _f \end{eqnarray*}

ここで、|i\rangle|f\rangle は、遷移前後の固有状態、H'は摂動(外部からの刺激)のハミルトニアン、\rho _f は終状態の状態密度である。この遷移の様子を図示すると下のようになる。

FGR論文では、Feynmanの教科書(Quantum Electrodynamics)にしたがって、2粒子の散乱における終状態の状態密度を求め、遷移確率を計算している。

電子と仮想光子(アンジュレータ磁場)の散乱に、このような解析を応用することで、自然放出(自発放射光)、誘導放出、吸収の確率を計算することができ、誘導放出と吸収の確率の差をとることで、FEL増幅作用のゲインが導出される。

この過程で、「Madeyの定理=自発放射光スペクトルの微分がFELゲインとなる」が示される。

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John M.J. Madey によるFELの最初の論文(1971)-4

Madey が1971年にJ. Appl. Phys. に発表した論文について、さらに続ける。

Stimulated photon generation and absorption

前回の記事までをまとめると、アンジュレータを通る電子の静止系では、アンジュレータ磁場が仮想光子となり、電子と散乱する。この時、あらかじめ散乱光子と同じエネルギーの光子(入射光)があると、誘導放出(誘導散乱)が起こり光が増幅される。

これを図に示すと次のようになる。\omega_L, \vec{k}_Lは、入射光の周波数と運動量、\omega_U, \vec{k}_Uはアンジュレータ磁場の仮想光子の周波数と運動量、E_i, \vec{p}_iは散乱前の電子のエネルギーと運動量、E_f, \vec{p}_fは散乱後の電子のエネルギーと運動量である。誘導放出によって光子が生成し、入射光の増幅がおこる様子が示されている。

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二凖位系の例と同じく、この場合も誘導吸収(単に吸収ともいう)=入射光子が消滅する過程も考えなければならない。

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レーザの場合は、反転分布があれば、誘導放出が吸収を上回り光の増幅が起こる。アンジュレータを通る電子の場合、誘導放出と吸収の大きさを比べるとどうなるであろうか?次回の記事に続ける。

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John M.J. Madey によるFELの最初の論文(1971)-3

Madey が1971年にJ. Appl. Phys. に発表した論文について、さらに続ける。

Thomson and Compton scattering

Weizsäcker-Williams method(WWM)の考え方に従えば、電子と周期磁場(アンジュレータ)の相互作用は、電子の静止系における電子と仮想光子の相互作用に置き換えられる。つまり、電子による光子の散乱である。

電子と光子の散乱において、光子エネルギーが電子の静止質量(511 keV)よりも十分に小さい場合は、散乱による電子の反跳は無視できThomson 散乱(散乱の前後で光子のエネルギーが変わらない弾性散乱)となる。光子エネルギーが大きくなると電子の反跳の効果が表れ、Compton散乱となる。Madey の論文では、電子エネルギー20 GeV、磁場周期 1mm といった極端な場合でも、電子の静止系での仮想光子のエネルギーは十分に小さく、Thomson 散乱と考えてよいとある。

Thomson散乱の様子を下図に示す。

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Madey の論文中、式(6)にあるように、Thomson 散乱の微分断面積は、電子の古典半径r_0で表され、

    \[  \frac{d \sigma}{d \Omega} = \frac{1}{2} r_0^2 ( 1 + \cos \theta ^2) \]

であり、全断面積は \sigma _T= (8/3) \pi r_0^2 である。

Stimulated  Scattering

誘導放出(stimulated emission)は、よく知られているように、レーザーの原理である。プランクの黒体輻射の理論を説明するために、アインシュタインが存在を予言した現象、というのもレーザーの教科書に出ている。

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上図は、二凖位系の誘導放出(左)と吸収(右)を示したものである。
誘導放出では入射光と同じ位相、同じエネルギーを持った光子が放出される。
上の準位に多数の粒子がある状態(反転分布)を作ることができれば、誘導放出による光の増幅が起こる。すなわち、レーザーである。

Thomson 散乱、Compton 散乱の場合も、「あらかじめ、散乱光と同じエネルギーの光があった場合」に誘導放出が起こり、位相のそろった光が放出される。

Madey の論文は、このような「誘導散乱=stimulated scattering」として、自由電子レーザーを論じているのだ。

 

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John M.J. Madey によるFELの最初の論文(1971)-2

Madey が1971年にJ. Appl. Phys. に発表した論文について、さらに続ける。

Weizsäcker-Williams Method

Madeyは、電子と周期磁場(アンジュレータ)の相互作用を、電子と仮想光子の相互作用に置き換えた。これは、Weizsäcker-Williams method(以下WWMと略す)と呼ばれる手法である。

Jackson の教科書(Chap. 15)には、WWMによる制動放射の解析が示されている。相対論的エネルギーを持った電子が物質に入射すると、電子は主に制動放射 (Bremsstrahlung)によってエネルギーを失う。電子が物質中の原子核で散乱される時、減速したり向きを変えられる(加速度を受ける)ことに より電磁波の形でエネルギーを放射する現象である。この時、電子の静止系から見れば、原子核の電場は、前方から光速に近い速度で進んでくる電磁場(光)パ ルスと等価と考えられる。これが、WWMの考え方だ。WWMによれば、制動放射は電子と仮想光子(電磁場パルス)のコンプトン散乱として取り扱うことがで きる。

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上図は、WWMによる制動放射の説明である。電子(e^{-})の静止系において原子核(q)が速度(v=c\beta)で運動している様子を示している。b はインパクトパラメータである。原子核が原点(x=y=z=0)を通る時刻をt=0とすると、電子が感じる電場、磁場はそれぞれ次式で表される(Jackson はcgs単位系だが、SI単位系に直してある)。

    \[ E_x(t) = \frac{q}{4\pi\varepsilon_0} \frac{\gamma b}{(b^2 + \gamma^2 v^2 t^2)^{3/2}} \]

    \[ B_y(t) = c\beta E_x(t) \]

    \[ E_z(t) = -\frac{q}{4\pi\varepsilon_0} \frac{\gamma vt}{(b^2 + \gamma^2 v^2 t^2)^{3/2}} \]

v \rightarrow c の時、E_x(t)B_y(t)は、真空中の光が作る電磁波と等価になる。この手法は、1924年のFermiのアイデアを、1934年に Weizsäcker、Williams がそれぞれ、相対論効果の補正を施して正確な計算ができるようにしたものである。

Madey の論文では、WWMを使った制動放射の解析にならって、電子と仮想光子(電子の静止系から見たアンジュレータ磁場)の相互作用を解析している。論文タイト ルの”Stimulated Emission of Bremsstrahlung in a Periodic Magnetic Field”は、この意味で論文の内容と一致する。

余談だが、いまやFEL研究者として知られている Kwang-Je Kimが、Madey の論文と同じ時代に”Improved Weizsäcker-Williams Method and Its Application to Lepton and W-Boson Pair Production” という論文を Physical Review D  に発表している。論文の書き出しに以下の記述がある。WWM の有用性を簡潔に示した文章として引用しておきたい。

Some of the cross sections which involve one photon exchange can be quite complicated. The best example is the calculation of the W pair production, \gamma + Z \rightarrow W^+ + W^-+ anything, which involves threefold integration of roughly 3000 terms. With the advancement in the modern computer technique, even such a complicated calculation can be handled easily. However, it is often desirable to have a simple expression which shows all the gross features of the problem, such as the dependence of the cross section on the incident energy, outgoing energy, angle, mass, magnetic moment, radius of the target, etc. The way in which one can do this quickly was originally suggested by Fermi in 1924, who noted the similarity between the electromagnetic fields of a rapidly moving charged particle and a pulse of radiation. Based on this observation, Weizsäcker and Williams showed independently in 1934

(中略)

The above formula, which is known as the pseudo-photon flux of the classical Weizsäcker -Williams (W. W. ) method, has enjoyed wide applications in processes involving one photon exchange in the past because of its conceptual and mathematical simplicity.

http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevD.8.3109
SLAC の preprint server でも読める。WWMのオリジナル、Fermi、Weizsäcker、Williams の論文もreferences に載っている。
http://www.slac.stanford.edu/cgi-wrap/getdoc/slac-pub-1030.pdf

さらなる余談だが、ベルリンの壁崩壊を挟んだ10年間ドイツの大統領を務め、今年1月31日に94歳で亡くなったヴァイツゼッカー(リヒャルト・カール・フライヘア・フォン・ヴァイツゼッカー)は、WWM で知られる Weizsäcker(カール・フリードリヒ・フライヘア・フォン・ヴァイツゼッカー)の兄である。WWMのWeizsäckerも94歳まで生きた(2007年逝去)のを見ると長寿の家系だったのかもしれない(物理とは関係ないことですが)。

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