Dicke のSuperradiance -6

前回の投稿の最後に示したsuperradianceの時間波形の式を眺めると、N個の原子からのsuperradiance の時間波形は以下の特徴を有することがわかる。

  1. 時刻 t=0における光強度は、N個の独立した原子からの自発放射の和に等しく、I(0)=\gamma N である。
  2. 光強度の時間波形の半値全幅(FWHM)は、(\gamma N)^{-1}であり、原子数に反比例して狭くなる。
  3. ピーク強度は原子数の2乗、N^2 に比例する。

原子数 N=20 の場合の時間波形を図示する。

sr-20

赤線は 20個の原子が協同して光を放出する supreradiance の時間波形、青線は20個の原子が独立して放出する光強度の和である。横軸、縦軸ともに \gamma で規格化している。

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Dicke のSuperradiance -5

いよいよ完全反転分布したN個の2準位原子からなる系からの光放出の時間波形の計算を行う。

下図のようにエネルギー準位のラベルづけを行う。

n-level-2

準位MからM-1への遷移確率は、前回までに求めた式を M で書き直して

\displaystyle \gamma_{M,M-1} = \gamma (N/2+M)(N/2-M+1)

である。

時刻tに準位Mに系の状態を見出す確率は次の微分方程式に従うことがわかる。

\displaystyle \frac{d P_M(t)}{dt} = \gamma_{M+1,M}P_{M+1}(t) - \gamma_{M,M-1}P_{M}(t)

完全反転分布の初期値 P_{N/2}(0)=1, P_{M}(0)=0 \;\; for \;\; M \ne N/2について、この微分方程式を解けば光放出の時間波形を求められる。しかしながら、N \gg 1 に対して計算するのは煩雑である。ここでは別の方法で近似計算を行う。

完全反転分布した状態から n 個の光子を放出する平均時間を\bar t (n) と表すことにする。各準位間の遷移の平均時間を足し合わせれば任意の n について \bar t (n) を計算できて、

\displaystyle \bar t (n) = \sum_{M=N/2-n+1}^{N/2} \gamma^{-1}_{N,M-1}
\displaystyle = \gamma^{-1} \sum_{M=N/2-n+1}^{N/2} \left [(N/2+M)(N/2-M+1) \right ]^{-1}

N \gg 1 の場合、和を積分に置き換えて近似計算ができるので、

\displaystyle \bar t (n) = \gamma^{-1} \int_{N/2-n}^{N/2} \frac{dM}{(N/2+M)(N/2-M+1)}
\displaystyle = \left . \frac{2\gamma^{-1}}{N+1} \tanh^{-1} \frac{2M+1}{N+1} \right |_{M=N/2-n}^{M=N/2}

これを n について解くと

\displaystyle n = N/2 +(N/2)\tanh \left [ \gamma (N/2) (\bar t - t_D) \right ]
\displaystyle t_D = (\gamma N)^{-1} \ln N

が得られる。光放出の時間波形は

\displaystyle I(t) = \frac {dn}{dt}=(1/4) \gamma N^2 \text{sech} ^2 \left [ (1/2) \gamma N (t-t_D) \right ]

と求められた。

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Dicke のSuperradiance -4

2個の2準位原子が共鳴的に結合した系において、完全反転分布状態から下準位への遷移確を計算し、原子が独立に存在する場合とは異なることを示した。この結果を原子が3個、4個、、、N個と増やすとどうなるであろうか?

復習のため、原子が1個、2個の場合について、系の取り得るエネルギー準位、状態、遷移確率を図示する。

まず、原子が1個の場合、二つの準位が存在し、遷移確率は\gammaとなる。

2level-5

原子が2個の場合、三つの準位が存在し、準位間の遷移確率は前回までに計算したように以下のようになる。

3level-1

原子が2個の場合と同様に計算すると、原子が3個の場合の系の取り得るエネルギー準位、状態、遷移確率を計算できる。計算過程は省略し結果のみ図示する。

4level-1

さて、いよいよ原子がN個を計算すると、下図のようになる。

n-level-1

これで、完全反転分布したN個の2準位原子からなる系が下準位に遷移する様子を示すことができた。まとめると、

  • N個の2準位原子からなる系は等間隔に並んだ(N+1)個のエネルギー準位をとる
  • 各準位からの緩和は、直下の準位への遷移のみが許容される。
  • 遷移確率は準位毎に少しずつ異なり、中央の準位ほど大きな遷移確率をもつ

各準位の遷移確率が与えられたので、この系が放射する光の時間波形を計算することができる。これは次回とする。

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Dicke のSuperradiance -3

前回までに、2つのエネルギー準位をもつ2個の原子が共鳴的に結合した系において、系の取りうるエネルギー準位とその遷移確率を求めた。この遷移確率を用いて、完全反転分布(2個の原子ともに上準位にある)からの光子の放出確率を時間の関数として求めてみよう。

この系は3つのエネルギー準位(4つの状態)を持つ。時刻t=0において2個の原子ともに上準位にある時、t>0における各準位の存在確率は以下の微分方程式に従う。下付き添え字のeeは二つの原子がともに上準位、ggはともに下準位、saは上準位と下準位の組み合わせで波動関数が対称、反対称の場合である。

\displaystyle \frac{dP_{ee} (t)}{dt}= -2\gamma P_{ee}(t)

\displaystyle \frac{dP_s (t)}{dt}= 2\gamma P_{ee}(t) - 2 \gamma P_s(t)

\displaystyle \frac{dP_a (t)}{dt}=0

\displaystyle \frac{dP_{gg} (t)}{dt}=2\gamma P_s(t)

これを解いて、

\displaystyle P_{ee} (t) = \exp (-2\gamma t)

\displaystyle P_s (t) = 2 \gamma t \exp (-2\gamma t)

\displaystyle P_a (t) = 0

\displaystyle P_{gg} (t) = 1 - (1+2 \gamma t) \exp (-2\gamma t)

となる。光子の放出確率は

\displaystyle W_2 (t) = \gamma_{ee,s} P_{ee} + \gamma_{s,gg}P_s = 2 \gamma (1+2\gamma t) \exp (-2 \gamma t)

である。

ところで、原子が1個の場合、原子が上準位に存在する確率P_e(t)は次式に従う。

\displaystyle \frac{dP_e (t)}{dt}=-\gamma P_e(t)

これを解くと

\displaystyle P_e (t) = \exp (-\gamma t)

となり、上準位の存在確率は指数的に減少する。このときの時定数(寿命)が1/\gamma である。準位間の遷移にともなう光子の放出確率は

\displaystyle W_1(t) = \gamma \exp (-\gamma t)

である。

2個の原子が独立に存在する場合と共鳴的に結合する場合の光子の放出確率の比は

\displaystyle \frac{W_2(t)}{2W_1(t)}= (1+2\gamma t)\exp (-\gamma t)

となる。

2つの場合について光子の放出確率を図示すると以下のようになる。2個の原子が共鳴的に結合することで、光の放出確率は指数的な減衰とは異なる曲線を示す。共鳴的に結合する原子の数が増えるとこの相違はさらに顕著になる。
2level-4

 

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Dicke のSuperradiance -2

前回の記事を公開した後、「遷移双極子モーメントとは何か」や「遷移確率が遷移双極子モーメントの二乗に比例する理由は」といった解説も必要ではないかと考えた。しかし、これらの質問に対する回答は容易に入手できる教科書やインターネット上の情報で補えるので、ここでは深入りしないことにする。(時間があれば、このあたりの話もまとめたいが、いつの日になるか、、、)

本題を進める。

前回は、2つのエネルギー準位を持つ原子において、光の放射を伴う準位間の遷移を取り上げた。次に、このような原子2個からなる系で生じる「共鳴的に強く結合した状態」を導く。

2個の原子の間隔は光の波長に比べて十分小さいとし、光の電場は位置によらず一定と考える。

このような系が取りうるエネルギー準位は 2 E_g, E_g + E_e, 2 E_e の3通りである。2番目のエネルギーは、対称と反対称の2つの状態に分けられるので、4通りの状態がありうる。

\bra{gg} = \bra{1,g} \bra{2,g}

\bra{s} = \frac{1}{\sqrt{2}} ( \bra{1,g}\bra{2,e} + \bra{2,g}\bra{1,e})

\bra{a} = \frac{1}{\sqrt{2}} ( \bra{1,g}\bra{2,e} - \bra{2,g}\bra{1,e})

\bra{ee} = \bra{1,e} \bra{2,e}

ここで、1, 2 は原子のラベルである。

全双極子モーメント \hat {d}_1 + \hat {d}_2 を介して起こりうる遷移確率は、

\braket{ee|\hat {d}_1 + \hat {d}_2|s} = \braket{s|\hat {d}_1 + \hat {d}_2|gg} = \sqrt{2} d

\braket{ee|\hat {d}_1 + \hat {d}_2|a} = \braket{a|\hat {d}_1 + \hat {d}_2|gg} = \braket{ee|\hat {d}_1 + \hat {d}_2|gg} = 0

と求められる。つまり、ee \rightarrow s \rightarrow gg の遷移は許容されるが、ee \rightarrow ggおよび a を通る遷移は許されない。

許される遷移と許されない遷移があるのは、始状態と終状態のパリティ(電子の状態間数が奇関数か偶関数か)による。1個の光子を放出・吸収するような遷移はパリティの異なる状態間のみで許される。

図に示すと以下のようになる。

2level-3

遷移確率がD^2 = d_r^2 + d_i^2に比例することから、原子が1個の時の遷移確率を\gammaとすると、原子が2個の場合は

\gamma_{ee,s} = \gamma _{s,gg} = 2 \gamma

\gamma_{ee,a} = \gamma _{a,gg} = \gamma_{ee,gg}=0

となる。

2個の原子が近接して存在する場合、原子が独立に存在する時とは異なる様相を示すことがわかる。これが「複数の原子が系の内部で放出された放射場によって互いに共鳴的に強く結合した状態」である。

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